Tomonori Hayashi
SECRET BASE(現代地方譚9 すきまたゆたう)2021-2022
JR須崎駅 観光列車 時代の夜明けのものがたり停車中
あとがき
新型コロナウイルス感染症が引き起こしたパンデミックの影響を受け服飾・デザインを軸に短期移住を繰り返すライフスタイルを諦め須崎市に帰郷しはや2年が経った。約15年ぶりに須崎の街を歩き回り、街の変わり様に驚き心が動いたのもほんの数ヶ月で、徐々にそれはただの景色と化した。
そんなおりにアートプログラム現代地方譚での作品発表の話を頂いた。私が自ブランドで挑戦している流行のサイクルに乗らず、物的又は心的に『在り続けるデザイン』とアートに親和性を感じ、挑戦してみたいと思い二つ返事を返した。今期の現代地方譚のテーマは『すきまたゆたう』で、奇しくもそのすきまが指すものは私が“景色”と感じはじめていたその中にあった。
私の作品『ヒミツキチ』の外観を簡潔にまとめると、服にも変形出来るパーソナルテントである。また、そのテントは複数個連結拡張も可能である。
「衣」から「住」への行き来は、使われなくなったすきまが別の役割に変わることを意味し、テントが連結拡張することは強い絆を表現している。
また、この土地ならではの南海大地震・津波などの災害に対する備えいう視点も盛り込み、この作品『ヒミツキチ』は、会期中、すさきまちかどギャラリーでの展示の他、代々多くの子供が秘密基地を作り親しんできた城山や老朽化などが原因で遊具が撤去された公園など、須崎市民の記憶に潜むすきま9ヶ所を廻り住民とコミュニケーションをはかった。
作品の誕生まで
帰郷して間もない頃、廃業や過疎化によって使われなくなった空間に手を加えている2人の先輩と出会った。1人は商店街の一角にある使われなくなった建物をペンキで彩りイベント時に拠点として活用出来る空間を作り、もう1人は居酒屋だった建物を自力でリノベーションしカフェやバーの形態にもなる本屋さんを作っていた。
それらを初めて訪問した際想い出した、幼少期友人達と城山に作った秘密基地。その気持ちを私の作品のテーマにした。
製作を始める前に須崎の想い出のある地を歩いた。多くの時間を過ごした街にノスタルジーを感じ、そんなテイストを感じる作品になりそうだなと最初に思った。
作品の視覚的印象に大きく影響する色=生地選びは予算の関係で難航した。構想を練りながら東京に材料の手配に行ったが、ヒミツキチ1つあたりに一般的なコートの3倍以上の用尺が必要で最初の2日間は予算内に収まる生地を見つけることすらできなかった。限られた時間の中でなかなか納得するものに出会えず最終日に決断するまで一週間弱東京の繊維街を彷徨った。
テントが連結拡張することで絆を表現するために、私はこの作品を人間に例えてデザインしていった。人それぞれに個人差があるように、個体ごとに異なるテイストの生地を混在させ、張り、厚み、重さにもあえて差異のある素材を用いることにした。配色は血液の表現から着想を得て赤系統と青系統の色彩を選んだ。
服になった時の形はマネキンに着せた状態から立体としてデザインしていった。
張り感が強く薄くて軽い素材は面を出してボリューミーに、重さのある素材は無理に横にボリュームを出さずドレープが綺麗に出るように、適度な張り感と軽さのある素材はギャザーを寄せ空気を纏っているように、ベースのテントの形は同じで、服になった時のバリエーションの違いを布と対話をしながら3パターンデザインした。
立体でデザインする切り口は私がかつてアパレルブランドでデザイナーをしていた頃はしなかった手法であったが、服飾学生時代に沢山挑戦したものだったので、服飾デザイナーとしての原点を振り返ることができた。
須崎のすきまをヒミツキチと廻って
いつもの散歩コースにヒミツキチがある。その違和感に気が付いて住民の方が足を止める。更地ひとつ取っても年代によってヒミツキチの背景に見えている景色が違い、このヒミツキチがそれぞれの物語を想い出させる。そうやってすきまについて考える機会を演出できた事で作品が一つの役目を果たしたと思う。また、その瞬間を目の当たりにできたことは作者として幸せに感じた。
仲間と秘密基地を作ってほしい
須崎に帰郷して2年。私にも大好きなデザインやガジェットについて語り合える仲間ができた。須崎のすきまを巡ってヒミツキチを設置した9ヶ所が私の特別な場所になったように、仲間と集まりそこに持参した何かを置くと、そこがたとえ屋外で仕切りがなくてもたちまち自分達の秘密基地となり場所の価値が変わる。ぜひ友人や仲間と会う時に意識して何かを持って行き置いていただきたい。
私の身近なところでも須崎の路地裏や鍋焼きラーメン屋さんの横などにペンキで赤く塗られた椅子が置いてある。それらも誰かのヒミツキチなのかもしれない。
私の作品『ヒミツキチ』はそうやって仲間と作ったコミュニティを時に拡張し、他のそれと助け合ったり競い合ったり、そんな須崎のすきまを巡る物語を想像しながら製作した布である。
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