Tomonori Hayashi
左証 2024-
―肖像画の再解釈―
企画の着想のヒントとなったのは、チェコ共和国・チェスキークルムロフという街の装飾にあります。
この街は、徒歩30分ほどで一周できるほど小さな場所です。領土問題や財政難といった複雑な歴史的背景から、建築物の装飾には、壁に窓や石材が描かれる「騙し絵(トロンプルイユ)」の技法が多用されてきました。街の中心には小さな城があり、その城にも平坦な壁にレンガ模様の騙し絵が施されていました。
そうした装飾に慣れてきた頃、私はふとした違和感を覚えました。
それは、城内に飾られた肖像画が、私の「常識どおり」であったことです。
この街では建物のあらゆる部分に騙し絵が使われているにもかかわらず、肖像画だけは写実的で、まったく装飾的な嘘がなかったのです。
その事実が私の心に妙な引っかかりとして残りました。
私は2020年に高知県須崎市に帰郷し、現在は商店街で衣類店を営んでいます。
偶然にも、今では須崎市とチェコ共和国はスポーツや文化を通して交流を行う関係にあります。チェコで感じた肖像画への違和感を、地元・須崎の視点でかみ砕きながら、自分の作品としてどのような意味を込められるのか、考えるようになりました。
2024年3月、土讃線は開通100周年を迎えました。
その発祥の地である須崎への敬意を込め、本展覧会のタイトルを『左証(さしょう)』と名付けました。これは、割符(わりふ)の「左券(さけん)」に由来する言葉です。
本展では、人の生きた記録を残すために描かれる肖像画を、須崎で生きてきた人々の使い込まれた衣服を用いて再解釈し、彼らの生の痕跡や個性をキャンバス上に表現しました。
使われなくなった古着を、あたかも一枚の絵画のように壁に飾る。
そこに新たな価値を見出す、サステナブルなアート作品を展示しています。
捨てられるはずだったものが、もう一度誰かの目に触れる機会を得る。
本展は、そんな循環と再解釈をテーマにした展覧会です。
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